大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(う)383号 判決

判決

被告

市 川 和 男

(外五名)

小 島 兼 蔵

右の者等に対する威力業務妨害、水利妨害被告事件につき、昭和二十八年十二月十日新潟地方裁判所高田支部が言い渡した有罪の判決に対し、各被告人及び原審弁護人小林直人並びに新潟地方検察庁高田支部検察官検事坂本数から適法な各控訴の申立があり、これに対し東京高等裁判所がなした無罪の判決が検察官の上告により最高裁判所で破棄差戻となつたので、当裁判所は検事八木胖が関与の上審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人等の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人等連名提出の控訴趣意書、弁護人小林直人提出の控訴趣意書並びに東京高等検察庁検事磯山利雄提出の新潟地方検察庁高田支部検察官検事坂本数作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれ等を引用し、これ等に対し次のとおり判断する。

弁護人小林直人の控訴の趣意第一点について

原判決書によれば、原判決は、被告人市川和男は日本電気産業労働組合東北地方本部の下部構成たる新潟県支部の常任執行委員で、昭和二十七年九月二十四日午前八時から東北電力株式会社大谷第一発電所において右組合中央本部の指令により十五パーセントの減電を目標として決行されることになつていた同盟罷業の実施を指導するため大谷第一発電所の用水取入口附近に派遣された者であり、その余の被告人等は右労働組合新潟県支部高田本町分会に所属する組合員であるところ、

第一、被告人等六名は同日午前七時三十分頃右会社が新潟県の許可を得て蔵々発電所の放水路から大谷第一発電所に取水している発電用用水を、同発電所の発電量を低下させるため、同放水路の北側に設置してある排砂門を開いて関川本流に放出すること及び右会社がかかる場合に備えて雇つた臨時人夫岸本喜代作がこれを防ごうとするのを阻止することを共謀し被告人小島兼蔵を除く他の被告人五名は右排砂門の把手を背にし、右岸本に向つて通路いつぱいに横に一列にスクラムを組んで立ち塞り、岸本が潜り抜けようとすると押し返し、その間被告人小島兼蔵は把手を廻して排砂門扉を約十糎引き上げ、右用水を関川本流に放流し、

第二、被告人市川和男及び小島兼蔵は、その直後、右会社が新潟県の許可を得て、蔵々発電所の北方附近において、関川本流に堰堤を作り、これを堰き止めて前記放水路に導入合流させていた大谷第一発電所の用水を放流しようと共謀し、被告人小島兼蔵はこの堰堤に設置されてある電動式制水門の北端の門扉を約十五糎開いて用水を本流に放流した事実を認定判示し、右スクラムを組んで岸本喜代作を押し返した事実を同人の用水保守の業務及び原判示会社の用水管理の業務を威力を用いて妨害したものとなし、各刑法第二百三十四条を適用し、排砂門及び制水門を開いて用水を放流した事実を各右会社の水利の妨害となるべき行為をなしたものとし、各同法第百二十三条を適用して被告人等を処断しているのである。

これに対し所論は、原判決は、日本国憲法第二十八条、労働組合法第一条第二項及び労働関係調整法第七条等争議権保障を規定した法条の解釈適用を誤り、その結果刑法第三十五条の違法阻却事由の存在を看過した違法がある。即ち、(一)スト突入を契機として、従業員に対する使用者の業務命令権は消滅し、組合員は使用者の業務命令を離脱し、独立不覊の立場で組合指令による行為をなし得るようになるのであるから、組合員がストに突入するとき、稼動状態から争議状態に移行の際、その職場の機械を通常の操作方法で運転停止することは、争議権の直接の派出権として組合員の権利である。従つてまた、組合員がスト突入時職場の機械の運転停止を行う際、これを妨害する対抗者に対しては、争議権の防衛として、正対不正の関係において比較的高度のピケッティングが許されるものと思料する。(二)大谷第一発電所においては運転保守操作規程及び水力発電所水路保守並びに運用心得なるものがあつて、従業員が発電機を停止する場合には先づ排水門を開き用水の減水を行つた上これを停止するよう平常訓練されていた。排水門を開き用水の減水を行うことをせず、直接に発電機を停止すれば、溢れる用水を余水路によつて排水せねばならないが、余水路が不完全のため危険を伴うことを平常教示されていたので、スト指導に赴いた被告人市川和男は本件スト開始にあたり、使用者の業務命令を離脱し、独立不覊の立場で組合指令を実施するに際し、通常の運転上の規則を厳守して発電機を停止するため、その準備操作として、先づ排砂門の開扉による用水の減水を企図したものである。更にまた会社は、電産の制限ストの立場を理解せず、臨時人夫岸本喜代作をして被告人等が公共の福祉の要請上実施した制限ストさえも破らせようとしたので、被告人等はこれに対し中央指令による比較的高度のピケッティングをした。即ち、被告人市川和男は岸本喜代作に対しスト前から熱心に説得し、組合側において人夫賃を出すから帰つてくれと申し入れたりしたが同人は頑として応ぜず、あくまで発電機停止の準備操作としての用水減水の操作を妨げるので、争議団の最後の説得として、排砂門附近にピケを張りスクラムを組み翻意を求めたが、同人はあくまで翻意しなかつたので、被告人市川和男はこれを断念し、堰堤制水門を開扉することに代置することを企図し、被告人等はピケを解き、岸本喜代作をして業務に就かしめ、堰堤制水門を開扉したのであつて、その目的はあくまでスト実施のため発電機運転停止の準備操作として用水の減水を図るにあつたのである。(三)電産が公共の福灯の要請上極めて制約された制限ストしか行うことができないのであるから、公務員の場合における人事院勧告制度や公共企業体労働者の場合における仲裁々定制度のような法律による争議権の代償たる制度を与えるか、さもなければ、右制限ストを実施するに際し、これを防衛するため、他の争議の場合よりも高度のピケッティングを合法と認めるべきで、そうしてこそ、憲法第二十八条の争議権の保障は電産労働者に公平に与えられるのである。被告人等の行つた本件ピケッティングの合法性を認めることが至当であるというにある。

よつて、先づ、原判示のように被告人六名が排砂門(当裁判所の検証調書によれば水路排水門)を、被告人市川和男及び同小島兼蔵が制水門(当裁判所の検証調書によれば本流排砂門)を開いて用水を関川本流に放流した行為が適法な罷業行為の範囲に属するか否かにつき審究するに、「同盟罷業の本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段、方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつてこれに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨害するが如き行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧し、或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものである。」(最高裁判所昭和二四年(オ)一〇五号同二七年一〇月二二日大法廷判決、昭和二三年(れ)一〇四九号同二五年一一月一五日大法廷判決、昭和二七年(あ)四七九八号同三三年五月二八日大法廷判決参照)所論のように、スト突入を契機として、従業員に対する使用者の業務命令権が消滅し、組合員が使用者の業務命令を離脱し、独立不覇の立場に立つとしても、本件の場合において、発電機の運転を停止するが如き積極的行為をなす権利が、争議権から当然派出するものとは解することができない。なるほど、会社側において発電機の職場を引き継ぐべき非組合員等代替要員の配置をしない場合には仮令発電機に安全装置が施してあつたとしても、不測の危険を防止するため発電機の運転を停止した上その職場を離脱することは、時に正当にして必要な場合のあることは明らかであるけれども。本件においては、会社側において代替要員の配置をしており被告人等その他の組合員においてこの事実を知悉していることは、原判決挙示の証拠及び当審における事実審理の結果により明らかであるから、罷業組合員においては発電機の運転を停止する如き積極的行為をせず、そのまま職場を去るべきものであるといわなければならない。従つて、被告人等が大谷第一発電所の運転操作規程の全停断水の規定に従い、水路保守のため、用水の放流をなしたとしても、発電機の運転停止の違法なる以上、その準備操作としての用水放流も亦違法な行為であることは自明の理であるのみならず、右全停断水の規定は業務の正常な運営の場合において、全発電機の運転を停止する際における準備操作を規定したものであり、また、同発電所の余水路の構造が全水の放流にも数時間耐え得ることは当審の事実審理の結果により認められるところであり、且つ、会社側において本件当日岸本喜代作を同発電所の用水取入口の代替要員として配置していたのであるから、被告人等が用水の放流をなすことなくして該職場を離れたとしても何等の危険のなかつたことが明らかであるから、用水放流という積極的行為が争議の正当性の範囲を逸脱していることは明白であるといわなければならず、右行為は十五パーセントの減電という争議目標の達成に急の余り行われた違法の行為である。

次に被告人等の施行したピケッティングの適否につき考察するに、電気産業が公益事業であり、公共の福祉の要請上その同盟罷業が制約を受けることは所論のとおりであるけれども、立法論は別とし、使用者側においても同一の理由により対抗手段に制約を受けるのであるから、その争議に際し、他の産業部門におけるよりも高度のピケッティングを合法と認めなければ憲法第二十八条の争議権の保障が公平に与えられないことになるとはいうことを得ないのである。しかして、「労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない。」(昭和二七年(あ)四七九八号同三三年五月二八日最高裁判所大法廷判決参照)本件争議において、スト指導のため大谷第一発電所に赴いた被告人市川和男は会社側において臨時人夫岸本喜代作を雇い、同人に対し同発電所用水取入口の管理を委任したことを知るや、同人がその業務として組合側の用水放流を妨げることを予想し、かかる場合にはスクラムを組んで同人の用水管理の業務を阻止しようと企図し、本件ストの当日たる昭和二十七年九月二十四日早朝蔵々発電所に待期中の被告人岡田幸雄同長田等及び後藤信繁を応援のため呼び寄せ、本来右用水取入口の勤務である被告人小島兼蔵をして排砂門のハンドルを廻して用水を放流させ、右岸本喜代作においてこれを阻止しようとするや、被告人岡田幸雄、同長田等、同後藤信繁及び小島信男とともに原判示のようにスクラムを組んで立ち塞り、岸本喜代作がスクラムを潜り抜けようとすると押し返し、その間に被告人小島兼蔵が排砂門扉を約十糎引き上げて用水を関川本流に放流した事実が原判決挙示の証拠により認められ、かかる事情に鑑みれば、被告人等の右行為は平和的ピケッティングの限界を逸脱し、会社側の業務遂行行為に対し暴行をもつてこれを妨害したものといわなければならず、まさに右岸本喜代作の用水保守の業務及び会社の発電業務を威力を用いて妨害したものである。なお、被告人等の右行為が組合の上部機関の指令によるものであつても、右の事情は被告人等の責任を阻却する事由となるものではない。

以上説示のように、原判決には何等法令適用の誤りはなく、所論は理由がない。

弁護人小林直人の控訴の趣意第二点について、

所論は、原判決挙示の証拠によつては被告人等が正当な争議行為の範囲を逸脱したこと並びに水利妨害及び威力業務妨害の犯意を立証するに足りないというのである。しかしながら、原判決挙示の証拠により、被告人等の本件所為が正当な争議行為の範囲を逸脱している事実を認定し得ることは前説示のとおりであり、被告人等が自己の行為を正当な争議行為の範囲内であると確信していたとしても、それは違法の認識を欠くに止り、犯罪の成立には関係なく、具体的事実を認識するにおいて犯意があると解すべきところ、被告人等が本件犯行をなすに当り、その具体的事実を認識していたことは論を俟たないところであるから、原判決には事実認定と証拠との間に齟齬もなく、事実の誤認等もない。所論も亦理由がない。

被告人等六名の控訴の趣意について

所論は、捜査当局においては最初傷害罪容疑で被告人等を取り調べ、その容疑が晴れるや、本件に切り替えたのであつて右は被告人等の正当なストライキを弾圧しようとするものであると主張する外は弁護人小林直人の控訴の趣意と同一であると解されるところ、捜査の端緒には制限がないから本件において岸本喜代作の受けた傷害が捜査の端緒となつたとしても、少しも不当ではなくその余の論旨については弁護人小林直人の所論につき既に説示したとおりであるから、所論も亦理由がない。

新潟地方検察庁高田支部検察官検事坂本数の控訴の趣意について

所論は、原判決の量刑は軽きに失して不当であるというのである。よつて案ずるに、記録並びに当審における事実審理の結果によれば、本件犯行は被告人等が電産中央本部の指令に基き、十五パーセント減電の争議目標を達成しようとしてなされたものであり、本件威力業務妨害の規模も小さく、その時間も極めて短く、その威力の程度も低く、また、水利妨害の被害も極めて微少であつたばかりでなく、被告人等の性格はいずれも真面目であり、現在各業務に励精しており、前科もなく、仮令第一次乃至第十六次の電産ストにおける新潟支店管下の損害が相当多かつたとしても、微も正当な争議行為の結果ならば己むを得ないところであり、また、被告人等の責に帰することを得ないものであるから、所論の諸事情を考慮しても、原判決の各量刑は相当であり、肯て軽きに失するものということを得ないから、所論も亦理由がない。

よつて、各刑事訴訣法第三百九十六条に則り本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一項本文により全部被告人等に負担させることとし、主文のとおり判決する。

昭和三十五年十一月二十八日

東京高等裁判所第五刑事部

裁判長判事 山 田 要 治

判事 滝 沢 太 郎

判事 鈴 木 良 一

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例